松右衛門帆復活物語

230年前の発明品に新たな命を吹き込む!

~先人の知恵と現代人の知恵とのコラボによる地域活性化大作戦~

(その3)現代の工夫により吹き込まれた命

松右衛門帆の復元に成功したことはゴールではなく、ここからがスタートだ

 高砂物産協会のメンバーらは、当初から、高砂市の産業の活性化をはかるには、帆布から「商品」として流通ルートに載るようなモノを作り上げる必要があるという考えを持っていたが、松右衛門帆の復元に成功したことをふまえて、

 復元した生地を見てくれ・・と展示したところで、たいして注目はされない。

手に取って、使ってもらうことが、工楽松右衛門のストーリーも含めて(帆布や高砂市のことを)知ってもらえるきっかけになる・・・(高砂物産協会の柿木貴智理事長談)

というように、帆布を加工することへの想いや目標はより一層高められた。

高砂物産協会 柿木貴智理事長
      高砂物産協会 柿木貴智理事長

 そんな柿木氏らの想いを受け止めた野口正孝 神戸芸術工科大学教授は、かねてより研究や支援を行っていた播州織の糸を染めてから織る「先染め」の技法を松右衛門帆に取り入ることを検討した。

 

 一般の帆布バッグの多くは、布を織り上げてから染色する後染め方式の生地を使っているため、それらとは異なるものであるという「オリジナル性」を打ち出すと共に、その「オリジナル性」の高い帆布を、共に兵庫の地で生まれた2種類の織物技術のコラボレーションにより完成させよう、という考えがあったという。

 

 この野口教授の提案に柿木氏らも賛同し、播州織の技術を持つ北播磨地域の織布業者との提携が実現した。

新しい命を吹き込まれた松右衛門帆

 

 さらに、野口教授と教え子の学生さん達とによって、「高砂」をモチーフとするいくつかの縞模様のデザインが生み出された。そのデザインに従って色づけされた糸により帆布を織り上げたところ、松右衛門帆が本来より持つ織り目の凹凸文様や経糸と緯糸との太さの違いが引き立ち、味わい深い布地が出来上がった。注1)

 

  太い糸でざくざくと織られた松右衛門帆はほつれやすく、最初のうちの試作では、到底商品にはならないほどの滑脱(縫い目から織り糸が解けること)が生じてしまったが、この問題も、野口教授の指導により、ボンディング(帆布の裏に芯地を貼ること)の手法を取り入れることによって解決した。

 松右衛門帆で経糸が緯糸より細くなっている理由は、当時の技術では経糸をそれ以上太くできなかったことにあるらしい注2)が、そのような技術上の事情が今の世の商品のオリジナル性に一役かっているというのは、なんとも不思議な巡り合わせであるという気がした。

 

 松右衛門自身は、水切れを良くし、できるだけ軽くて丈夫な帆布を製作することしか頭になく、織り目のデザイン性や加工のために帆布を切り抜くことなど思いもよらなかったかもしれないが、もし、彼の発明に現代人の知恵やデザインのセンスが加えられて、新しい魅力を備えたモノが出来上がってゆく様子をあの世から見ているならば、どのような反応を示していることだろうか・・・? 

 北播磨で製作された彩りゆたかな帆布は、松右衛門帆の復元への本格的な取り組みが開始された2010年の暮れに、早くもバッグとなって、高砂駅前の観光案内所で販売されるようになった。

 

 それから約5年が経過し、「豊岡鞄」(登録商標)の名で知られる豊岡市の鞄製造会社と提携して、高砂市と同じ播磨地域に属するたつの市から調達した革も使って様々なデザインの鞄を生産し、上記登録商標を所有する兵庫県鞄共同組合から「豊岡鞄®」であるとの認定を受けるまでに至っている。

松右衛門帆・登録商標

 

 高砂物産協会でも、左のような商標登録を受け、この登録商標を付して各商品を販売している。商品は、高砂物産協会が運営する直営店舗や同協会のウェブサイト内のショップのほか、早くから商品としての希少性を見いだしてくれたセレクトショップや東京都内の百貨店等でも販売され、売上は順調に伸びているとのこと。新聞や雑誌にもかなりの頻度で取り上げられている。

 しかし、注目度が高まることによって新たな課題も生じている。


 松右衛門帆は、コンピュータによる設定機能付きの近代的な織機では織ることができず、旧式の力織機またはレピア織機が必要なのだそうである。高砂物産協会でもレピア織機を調達し、これまで委託により行っていた帆布の製作を自力で行う計画をたてているそうだが、レピア織機では生産能力を高められない、コスト高になるため販売価格を下げられない、織機が壊れた場合のメンテナンスができるか不安・・・といった問題を抱えている。


  これらの問題を払拭するために、

松右衛門帆を高速で織ることができるオリジナルの機械が欲しい・・・

という、柿木理事長の声があがった。


 松右衛門帆のみを効率良く織ることができれば良く、先端機能は不要である。

 このような条件を満たす織機を製作できる技術を持つメーカーや、織機の開発に関するサポートができるという技術者の方々から協力のお申し出があれば有り難い、ということである。

 

 上記の課題を解決できた暁には、かばん類以外の分野(たとえば家具)での商品展開も視野に入れたいそうである。こちらについても、メーカーや家具職人の方々など、新たなご協力者が必要となるだろう。

 230年前の発明と現代人の知恵とのコラボにより新たなものづくりをし、

創り出された品物によって高砂市の活性化をはかりたい・・・

 この理念に賛同して、様々な技術やスキルを持つ方々による協力の輪が広がってゆくことによって、もしかしたら、230年前の松右衛門帆と同じくらいに全国的に知られるモノが生まれるかもしれない。

 

我が身を利することではなく、世の人の役にたつことを・・・

という信念をもって数々の発明をした工楽松右衛門のスピリットが宿る帆布と、

このスピリットを受け継ぐ高砂市の人々ならば、実現可能な夢かも・・・

と思う。


<注釈>

1)複数の糸を引き揃えて織り上げること自体は新しいことではなく、日本でも、江戸時代より前から行われていた可能性があるが、少なくとも太い糸の引き揃えにより帆布を織り上げた例はないと思われる。海外のテキスタイルの専門家も、復元された松右衛門帆の見本を野口教授から紹介されて、「このような織物を見たのは初めてだ」と驚いたそうである。

 

2)布を織る織機では、一般に、櫛状の歯を備える「筬(おさ)」と呼ばれる部品に経糸を通してから、経糸と緯糸とを交差させる。帆布をできるだけ丈夫にするには、経糸をもっと太くしたかったかもしれないが、筬(おさ)の歯の間隔を広げることに限界があったようである。しかし、松右衛門は、3.5番手の単糸を通すことができる程度にまで歯の間隔を広げ、その間に2本の単糸を縦に並べて通すという方法をもって、経糸が出来る限り丈夫になるようにした。


取材協力

  特定非営利活動法人 高砂物産協会 様

 同協会 理事長 柿木 貴智 様

 神戸芸術工科大学 教授 野口 正孝 様 (芸術工学部 ファッションデザイン学科 主任)

 兵庫県立歴史博物館 様

 

参考文献

 司馬遼太郎著「菜の花の沖(二)」(文春文庫)

 高砂市教育委員会 編集・発行「風を編む 海をつなぐ 工楽松右衛門物語」

 「高砂市の概要」(高砂市役所ウェブサイト

 「高砂市紹介」 (高砂市観光協会ウェブサイト